サービスは「共同生産」

2011年01月31日(月) 23時13分
新聞拾い読み。

小学校の教諭が生徒の保護者を提訴したニュースが物議をかもしている。出張の食い違いや提訴の是非を論じるつもりはないが、教育を提供する側と受ける側に対立構造があることは不幸なことだと思う。

舞台となっている公立小学校は、民間サービス業とは違うものの、教育という無形の価値、すなわち「教育サービス」の提供者であることは間違いない。よって、サービスの提供を管理し、顧客との関係をつかさどるサービスマーケティングの考え方をあてはめることができる。

サービスが生み出される場所。サービス提供者と顧客が出会う場。そこを「サービス・エンカウンター」という。美容室やホテル、飛行機の機内、そして教室もその中に含まれる。「サービスエンカウンター」では何が起こっているかというと、一方通行のサービス提供がされているわけではない。そこでは、サービスを提供する側と受ける側との「相互作用」が起こっているのだ。

先生が説明し生徒が理解する。
生徒が質問し先生が答える。先生の話がおもしろくて教室がわっと沸く。先生の熱意と生徒の意欲が両立して初めて有意義な教育が生まれる。同じように生徒の後見人としての保護者と学校が協力してこそ、教育サービスの質は向上する。サービスを受ける側も、サービスの「共同生産者」なのだ。そこには対立構造はなじまないはずなのだか・・・・・。

現実には、さまざまな行き違いによりクレームが発生する。どんな組織にとってもクレームは避けたいものだが、顧客との長期の関係性を維持するためには、逆の考え方もある。山本昭二著「サービス・マーケティング入門」(日程文庫)の中に、こんな一節がある。

「苦情を言ってくる顧客の割合を高める必要がある」

一瞬、「低くする」の間違いではないかと思ってしまうのだが、そうではない。顧客は不満を感じてもほとんどが口に出して言わないまま離れていってしまう。そうさせないためには、苦情を言いやすい環境をつくり、すぐに苦情に対応する実績を積むことで、顧客との関係を維持することが必要ということなのだ。中には理不尽なクレームもあるだろうが、それも含めて話しやすい環境を整えて対応してきたサービスマーケティングの経験は、教育の現場にも生かせるのではないだろうか。

(日経MJ 1.31 マーケティング八塩圭子ゼミから)


多少は教習所の現場にあてはまるかもしれません。
参考まで。


いわきの銘菓「じゃんがら」

2011年01月30日(日) 22時04分
いわき銘菓 じゃんがら
いわきの郷土芸能「じゃんがら念仏踊り」に由来する銘菓
小豆生あんを加えて練り上げた小倉あんを
水を使わずに焼き上げた皮で挟んでいる

見た目よりもあんがぎっしり詰まっていて
ずっしりとした重みがある 皮はかなりデリケート
これぞ和菓子!とにかく甘く食べ応え十二分の一品





じゃんがら念佛踊り
じゃんがら念仏踊りは石城地方に見られる郷土色ゆたかな行事で
これは安土桃山時代に磐城国出身の学僧袋中上人が創始し
江戸時代に名僧祐天上人が広めたと云われています
これは石城地方の人々に念仏を勧めるために
南無阿弥陀仏の六字の唱名を
「ナーハーハー モーホホーホ メーヘーヘー ヨーホーホ」
というような歌にかえて
節まわしおもしろく唄い躍らせて人々の心を
「自安我楽/じゃんがら(自ら安んじ我を楽しむ)」
の境地に導いたといわれています
銘菓「じゃんがら」は、
このゆかしき逸話にあやかって謹製した元祖珍菓でございます

お菓子のみよし
じゃんがら しおり より



菜花さん
今回も大変お世話になりました。ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

湯本駅前のブロンズたち

2011年01月29日(土) 8時17分
電車を待つ間 湯本駅前をぶらり

寒っ・・・ 芯から冷えるとは まさにこのこと
足湯に浸かろうか どうしようか・・・



ブロンズたちの声に耳を傾け・・・
ワンモア・タイムさあもう一回
僕が、ニューヨークにいたころは、
サッチモの全盛期でみんなでよくコピーしたものです。
What a wonderful world は、僕のすきなものです。
日本でもはやったので僕の演奏を聞いてほしいと思い来日しました。
僕の音色が聞こえますか。


横笛を吹くひとへその人
私がこんなに焼けてしまったのは、長い時間かけて、
ニューヨークから船でやってきたからです。
ハーレムノックターンは、僕のおはこです。さはこではありません。
みなさん僕の色は赤銅色がいいですかそれとも青銅色がいいですか。
ついでながら、私は、私の立派なおへそで注目を浴びていました。
演奏でないことは、残念です。


フルートを吹く少女伴奏者
中秋の名月
愛湯物語のしらべをフルートでかなでます。
私の伴奏者は、月に照らされる桂の葉音。
それに白い湯煙の音。


ワンモア・タイム・・・・

ブロンズ像/黒川晃彦氏・作
ポエム/肇氏・作


菜花さま。
ブロンズ像の全てを見ることが出来ませんでしたので、残りは3人娘のブログでお願いします。

湯本自動車学校の3人娘がアイドルデビュー?

2011年01月28日(金) 23時35分
先月に続き、またまた湯本自動車学校サンへ。
目的は先月からの宿題、菜花さん自慢の3人娘をどう売り込んでいくかの打ち合わせ。

命名「COCOROむすめ」・・・どうですか?
「3人が来てがら窓口もあがるぐなってお客さんの評判もすごぐいいの」
と、3人娘の話になると思わず顔がほころぶ菜花さん
「可愛いし、なんつっても、気立がいいんだがら」
いたくお気に入りの様子だ


今後スケジュールは、
3人によるブログの立ち上げ→3人をメインに次のパンフからめでたく復活!
最終的に目指すは湯本の宣伝アイドルとしてCDデビューすることですかね。
その時は、企画・制作・マネジメントまで、ウチが仕切らしてもらいますんで(笑)


田中さん
箱崎さん
若松さん



1年後はこうなる?
あっ、どうもです。こころむすめのマネージャー菜花です!
はい。テレビ出演ですね・・・


菜花さん。
今度3人のニックネームお教えください。

吉祥寺アンテナショップ事情

2011年01月27日(木) 22時44分
先日、代休をとって吉祥寺のアンテナショップ「麦わら帽子」に行ってきた。
目的は、遠野ドライビングスクールの農産物取扱い先の模索。

別に頼まれてるわけでもなく、何の義理があるでもなし。
あくまで個人的興味!
教習所さんとのコミュニケーションの営業ネタ探しでもある。

真っ昼間、吉祥寺に来るのはホント何年かぶり。
せっかくなので駅前のハーモニカ横丁あたりを上海焼き小龍包をハフハフしながらブラブラ。
みんなが一生懸命働いている時間だからこそ感じる至福のひととき(笑)

平日の午後にも関わらず、サトウのメンチを買うために並ぶ、名物?の行列を横目で見つつダイヤ街へ。

ん、「くまもと県物産センター」。熊本のアンテナショップを発見!


意としていなかっただけに嬉しい誤算。
店内に入ってみると、近所のおばちゃんたちが寄り合って、自分たちのノリだけで運営しているような店だった。
独特の接客に、初対面なのに何だか前から知っているような錯覚すら覚え、
嶋津の豆酩(とうべい)を買うつもりが、違う豆腐の味噌漬けをノリで買ってしまった。
おば・・・いや、おねーさん乗せるの上手いねぇ
接客だのオペレーションだの・・・そんなの関係ねぇ!(古っ?)
要は如何にお客を自分のペースに引き込み買わせるか。
ヒジョーにシンプルです。


駅前の繁華街からパルコ脇を通り、麦わら帽子を目指し「中道通り商店街」へ。
商店街の真ん中あたりということだったが・・・

あったあった、ん、ぬぉ〜!


な、なんと麦わら帽子のナナメ向かいに、高知県のアンテナショップ「高知屋」があるではないか!
店先には産地直送の野菜が並び、店内に入るとごっくんが出迎える。
うぬぅ〜 またまた嬉しい誤算である。
あとで調べたところ、運営は高知県特産品販売株式会社という民間の会社。
ここなら、ごとぽんを置けるかもしれない。店の雰囲気にも合っているし。

そういえば、吉祥寺に複数のアンテナショップがあることは聞いた気もするが・・・
完全にノーマークだった。
知っているようで、いかに知識が浅いか痛感させられた。


そして、やっと肝心の「麦わら帽子」にたどり着く・・・


正直、先の2店舗と比べ、品揃えの点で見劣りする。
しかし、武蔵野市とその友好市町村との連携でマーチャンダイズされる店というコンセプトから考えると、単純に比べるのもどうかとは思う。
ただ、お客にとってはそんなのどうでもいいことで、取扱い商品に魅力が無ければ自然と淘汰されていくだろう。
そういう意味で、自分としてはちょっと期待はずれの店だった。

まぁ、吉祥寺だからこそ成り立つ商売もあるわけで・・・

そうそう、肝心の遠野ドライビングスクールの農産物は置けるんじゃないかな。
あとで、藤井さんに教えよう。

おまんのあめ「高橋孫左衛門商店」

2011年01月26日(水) 23時27分
年明け早々ガンダムにホンロウされている “オヤジ” こと柿崎自動車学校の久保田氏が、年末年始に土産に持って来てくれた老舗の飴が気になっている。

「高橋孫左衛門商店」

ネットで調べたところ江戸時代から380年余り続く飴屋とのこと。
きわめてシンプルなHPのつくりは、まるでオヤジのよう。

扇飴
(年末にいただきました)
寛永2年(1625)創業から現代まで製造方法も殆ど変えていないのだそう
熊本の朝鮮飴に似ている

干支の詰合せ
(お年賀でいただきました)
今年の干支のうさぎをかたどったデリケートな水あめ
最中タイプは餡が水あめになっている


おまん!今年もよろしく頼むよ〜
by オヤジ


福岡みやげ

2011年01月25日(火) 23時13分
最近忙しく・・・
別にまるいのがどうとかいうことではないのですが・・・
どちらかというと、人間を考える方が忙しく・・・

ネタが無いので、貯まりにたまった物産系の画像棚からひとつかみ。

福岡のおみやげから。

マンハッタン地元じゃかなりポピュラーなおやつ
そそられる・・・このチョコ
ほどよい甘さと少々固めスタンダードなドーナツ

柿の種ゆずこしょうご当地柿ピー
体裁もなかなか
休日の午前中は必ず柿ピー食べてます

筑紫もち信玄餅みたいな・・・
きなこと
蜜がなんとも・・・
団子のようなコシと歯ごたえ

オマケ画像 キトラス長崎のアンテナショップがなんと福岡の川端商店街にOPEN!

りんごちゃん

2011年01月24日(月) 23時45分
最近、人間考学研究所の仕事をするようになってから、りんごちゃんをなし崩し的に引っ張ってきて “研究員” として手伝ってもらっています。

りんごちゃんはコンビニ免許〜カーライフ創設期のメンバー。
しばらく一緒に仕事をしていたということもあり、ブランクがあっても “ふたりの息はぴったり!” と・・・勝手に思っています(笑)

りんごちゃん?
そう。提携教習所営業さんの一部に熱狂的なファンを持つ経理のあの娘です。

これから時々ブログにも登場するかもしれません。
りんごファンの方々へ・・・今後お楽しみに。

またまた、Y部長にこき使われてますぅ

共立自動車学校の取り組みとは

2011年01月23日(日) 14時22分
それは「接遇」に磨きをかけること。

接客ではなく「接遇」。

接遇は 「遇する」という言葉が入ってる。
遇するとは “人をもてなす” とか “待遇する” という意味。

接客は「客と接する」。
単に接するだけで、そこに “おもてなし” は入っていない。

共立自動車学校日野・大野のお客様対応は、単に丁寧に接するだけではなく、相手をもてなす思いやりの気持ちを持って応対する。

職場は舞台!
役を演じるようにお客様と接するスタッフの姿はまるで俳優そのもの・・・
というか実際に演じているのだそう。

共立自動車学校では、今後もスタッフ一人ひとりの「接遇力」向上のための投資は惜しまないとのこと。

自動車教習所もサービス業と言われて久しい。
サービス業の根幹ともいえる “顧客対応品質” 向上のための投資について、各校のオーナーさんはどのように考えられ、具体的にどのような取り組みをされているのだろうか・・・

共立自動車学校のお客様応対が、全国の自動車教習所の中で一番かどうかは分からないが、トップクラスではあることは間違いないと思う。

今回は、社員教育の取り組みについて詳しくご説明いただいた。

なぁ〜んも考えず、毎日偏った食生活&深酒で・・・
特に調子が悪いわけじゃないけど、たまたま健康診断で数値が引っかかって
医者からヤバイって言われて急に焦るって感じ?
その道のプロから言われ、初めて心から “変わんなきゃ” って、あんな感じなんだろうね。
いわゆるホントの意味での危機感ってやつ。
変わんなきゃ、死んじゃうんだもん。

「オマエ、このまま変わんないならクビ!」っていうのも、ある意味そうなんだろうけど・・・
まっ、こっちは、「もう毎日これ以上金払えん!」って、禁煙をあっさり実現してしまうのと自分的にはあんまり変わんないけど(笑)

三海さん、話の中で接客で評判の某教習所のこと聞いてたけど・・
個々のモチベーションであのレベルまで接客スキルを上げられるのはある意味スゴイ。
気持ちもやってることも接遇だし・・・

ただ色々な意味でどうなんでしょうね。

しいていうならば、我々の立場っていうか、オレ的にはお取引先のお偉いさんのご子息は共立サンだけど、ワケありだけど何とかしてあげたいって方はその某教習所ってとこかなぁ・・・

自動車教習所におけるお客様応対の基準・・・
そもそも接客業において基準って考えること自体おかしい?

難しく考えすぎかなぁ・・・

三海さん、最後はだいぶご機嫌が・・・覚えてらっしゃいますか?
常務、一度決めた事を貫き通すのは難しいですね
要は自らの追い詰め方かと・・・ “たかが” ですが “されど” かと・・・


京の冬旅・酢屋編

2011年01月22日(土) 3時59分
1月某日。龍馬京都ゆかりの地で当時の面影を残している「酢屋」に立ち寄る。
場所は河原町三条を下ル一筋目(通称:龍馬通り)を高瀬川方面に向かったところにある。
1階は創作木工芸品を販売、2Fが「ギャラリー龍馬」になっていて、龍馬関係資料が展示してあり、酢屋の社員さんがいろいろと説明してくれた。

酢屋嘉兵衛は享保6年より現在まで、290年続いている材木商。
“酢屋”という名称は材木業を営んだ店の屋号で、初代・酢屋嘉兵衛より代々、嘉兵衛の名を名乗り現在までこの地で継承している。

幕末、当時6代目の嘉兵衛は材木業を営む一方で、高瀬川の水運を利用した運送業も営んでいた。
今は埋め立てられその面影も無いが、酢屋の前には高瀬川の舟入があり、荷の積み下ろしでかなりの賑わいを見せていたという。

酢屋は土佐藩の材木問屋という間柄で藩より頼まれ、龍馬を受け入れることとなったのだが、龍馬は、前年の寺田屋事件により幕府から狙われている身。
龍馬を匿っていることが京都見廻組や新撰組に見つかれば幕府命で商売を潰される・・・
6代目の嘉兵衛はかなり思い悩み、その末の大きな決断だったのではないかとのことだった。

当時の高瀬川沿いには、土佐藩のほか、彦根藩や加賀藩など各藩の藩邸が立ち並び、伏見や大阪との連絡にも便がよかったため、龍馬は酢屋に下宿し海援隊の京都屯所も置いていて、近江屋で暗殺される3日前まで寝泊まりしていたと記録されている。
「○○○自ラ盟主ト為リ」で有名な新政府綱領八策もここ酢屋で執筆された可能性が高いと思われる。

説明してくれた社員さんの話しによると、
龍馬は暗殺直前までの約5ヶ月間、この「酢屋」を京都での海援隊の拠点に活動していたが、そのことは土佐藩との約束でもちろん伏せていた。
そして時代は変わっても、義理のある土佐藩との約束事として先祖代々秘密を通してきた。

しかし、昭和3年の改築時、屋根裏から2つの書物が出てきたことをきっかけに
「龍馬を匿っていた事実」を世間に公表することになり、現在10代目の嘉兵衛氏は龍馬や海援隊が居たこの店を残し、後世まで受け継いでいくことを使命としているとのことだった。

昭和3年に発見された書物とは、「海援隊日記」と「異国船渡来記」。
海援隊日記は、龍馬の暗殺から記述が始まり、お葬式の様子などが記されているとのこと。
異国船渡来記は、彦根藩が調査したことを書いたもので、龍馬へ見せるための写しだったのではとのことだった。
坂本龍馬の命日である11月15日には、酢屋の玄関先に祭壇が設けられ、その2つの書物も展示されるという。

他にも、いろいろ説明いただいた。メモしたものを列記すると・・・
・現在130通ほど現存している龍馬の手紙のうち、最も長いものはここ酢屋で、姉・乙女宛てに書かれたもので約5mに及ぶ。
・龍馬は酢屋では、坂本龍馬ではなく本家の苗字の才谷から才谷梅次郎と名のり、酢屋ではみんなに「才谷はん」と呼ばれていた。
・酢屋の2階に住んでいた龍馬は、品格子の間から向かいの舟入に向けてピストルを試し撃ちして過ごしていた。
・改築しても天井の梁の一部だけはそのまま残している。当時龍馬も寝転びながらこれと同じ梁を見ていたはず。
・酢屋は龍馬と共に他の海援隊士も起居していて、大河ドラマ「龍馬伝」の最後の方、京都で龍馬と陸奥陽之助の絡むシーンは酢屋が舞台ということで、NHKの制作チームが何度も酢屋の2階を見に来た。

最後にどうしても疑問だったことを社員さんにぶつけてみた。
Q.土佐藩邸が近くにあるにもかかわらず、何故龍馬は安全な藩邸に居なかったのか?
A.当初は土佐藩邸にいたらしいのだが、2度の脱藩について藩邸内の色々な人達に相当責められていた様子で、そのうち居心地が悪くなり、一般の住まいを世話して欲しいと藩側に要請したとのことだった。
現在も当時の面影を残す材木商「酢屋」
坂本龍馬寓居之跡 京都歴史名所の石碑
海援隊のこと 海援隊と酢屋の関係が記されている
酢屋の近くを流れる高瀬川 当時は店の前まで舟入があった
かつては二条大橋から四条大橋の間に9つの舟入があり
酢屋前は五之舟入があった



酢屋の近隣にある幕末名所スポット
土佐稲荷大明神土佐藩士はもちろん周辺の先斗町や木屋町の町衆からも
熱心な信仰を集めていたという

当時土佐藩邸内にあったものの明治維新に藩邸が売却され
通りを挟んだの向かい側である現在の場所に移転した


土佐藩邸跡土佐藩邸は酢屋からは南へ300メートルの距離
場所は木屋町通り三条と四条の中間
高瀬川に面して旧立誠小学校一帯を占めていた

近江屋からも河原町通りを隔ててすぐ東向側という近さ


坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地跡土佐藩邸の目と鼻の先の河原町通蛸薬師下ルに近江屋跡がある
今はコンビニになっている
慶応3年(1867)11月15日夜半
土佐藩御用達の醤油商「近江屋」に匿われていた
龍馬と中岡慎太郎を凶刃が襲う
とても寒い日だったという


池田屋騒動跡古高俊太郎の捕縛で発覚したクーデター計画を阻止すべく
新撰組が池田屋で密談していた志士を急襲したことで知られる地

今は居酒屋になっている

時は神戸海軍操練所時代
同じ土佐脱藩者の望月亀弥太は龍馬の制止を振り切り
この池田屋事件に関与命を落とした

これが元で師である勝海舟の立場は悪くなる
やがて禁門の変の責を問われ勝が軍艦奉行を罷免され
龍馬脱藩後の活動の舞台であった神戸操練所はついに閉鎖される

失望の中
龍馬は以降活躍の舞台を長崎に移し
亀山社中〜海援隊の流れとともに
一気に歴史の表舞台に立つこととなる




プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:Y部長
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 血液型:A型
  • アイコン画像 職業:自営業
読者になる
2002年「ローソンの運転免許」立ち上げのメンバー。以来、常に営業の最前線で活躍。メーカー時代の経験を生かし、「ものづくり発想」を取り入れた合宿免許に関する様々な企画商品やイベントを考案。「合宿免許プロデューサー」として地域の特色やスタッフの個性を生かした企画に定評あり。合宿免許を通じた地域活性化を目指す。2015年1月、株式会社トリオワークス設立。

2011年01月
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリアーカイブ
最新コメント
アイコン画像あのっち
» 今村君おめでとう (2016年06月13日)
アイコン画像合宿免許に行った場所
» 奇跡のひるめし309 (2015年09月06日)
アイコン画像一人の合宿免許
» 盆踊りを眺めつつ思うこと (2015年08月09日)
アイコン画像合宿免許に入校
» 夏の全国高校野球東東京大会準決勝 (2015年07月27日)
アイコン画像旅行ついでの合宿免許
» 自宅で駅弁食べてます (2015年07月19日)